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2019年05月30日 (木) | 編集 |
日本中の管理栄養士や栄養士たちが、それぞれの専門性を発揮して社会貢献する基本情報や新展開情報を共有する機関誌「日本栄養士会雑誌」6月号、巻頭1ページ「わたしと食、食とわたし」に公表されたテーマです。

編集委員会からの依頼文には
「テーマは自由です。……思い出に残る食卓、食べることの喜びなど、食の温かみを伝えることにより、あらためて管理栄養士・栄養士が食に携わっていて良かったと感じ、職業意識の向上につながることを目的としております。……」
とのこと、依頼内容の深さにかなり悩みました。
“管理栄養士として、栄養・食の専門家として何を一番大事にしているか?”と自分自身への問いかけでもあったからです。

人間・生活・地域・地球を包括する国際的な課題へ“一人残らずすべての人”をキーワードの一つにする取り組みである“「SDGs」と私たち”で書くか。
両者は密接につながっていますが、栄養・食に関する両極に位置づくような2つのテーマのどちらから書くか、散々迷った結果です。

“いいなと思う(のぞましい)食事像”を具体的に描けない子どもたちが少なくない現状の中、一人の生活者としても、栄養・食の専門家としても、2020オリンピック・パラリンピックを機会に、和「食事」の魅力を発信し・交流したいと願います。

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2019年05月09日 (木) | 編集 |
まさに平成から令和へのバトンタッチの直前、4月30日夜10時からのNHKスペシャル「平成最後の晩餐」で、「共食・孤食」が取り上げられました。改元という重要な節目に、「共食・孤食」について全国中多くの方々が足を止めて(耳を傾けて?)くださっただろうことに、感謝しています。

❤番組は大きく3部構成、(1)平成30年間のフードシステム等社会の変化に振り回されるように進んだ生活者の食生活の変化、(2)生活者の食事・食卓の実態から生活や社会の変化をとらえ、多様な課題や背景を確認し、多様な課題解決の必要性を確認し、(3)すでに始まっている事例を中心に課題解決の可能性のヒント提案ですすめられました。(2)はこれまで私が直接かかわらせていただいた「共食・孤食」をキーワードにするNHKスペシャルの特徴的な調査手法「食事スケッチ法」が基礎になってか「絵は何を語る?子どもの食卓」のタイトルですすめられました。
直接関係した番組とは、A.「家族全員の1週間食事調査」(1975年)結果等をふまえ、「共食・孤食」ということば(概念)を使って、その重要さを問いかけた調査を基にしたNHK特集「なぜひとりで食べるの」(1981年)、B. Aの17年後の変化や新たな課題を問いかけたNHKスペシャル「知っていますか 子どもたちの食卓」(1999年)、C.高齢(化)社会での多様で深刻な「共食・孤食」問題の解決を試行するNHKスペシャル「65歳からの食卓」(2002年)です(NHKスペシャルは平成元年4月に放送スタート。今年4月30日は2本を放送し、「最後の晩餐」は平成のラストを飾る第3056回にあたります)。

❤番組企画側からの要請に応えて「食生態学」関係から2種の資料提供をしました。
一つは、私が初代の教授(当時助教授)で、40年ほど前から注目してきた「共食・孤食」について研究室総動員で研究と実践を重ねてきた女子栄養大学食生態学研究室(現在は武見ゆかり教授)が、今回の企画に合わせて、坂戸市内小学5年生257人の協力を得て、1999年との比較調査をしました。調査法の特徴は1981年から開発研究してきた「食事スケッチ」調査法と質問票調査の組みあわせです。すでに全国さまざまな年代や食課題を持つ人々への食教育や環境づくりに活用して来た「理想の食事スケッチ」と「現実の食事スケッチ」を重ね合わせて検討する調査方法です(今回の番組では「理想の食事スケッチ」は紹介されませんでした)。
今回調査で、子どもたちの「大人不在の食事」率(夕食)が高くなり62%に及んだこと、食事時にスマーとフォン等を使っている(いつも+ときどき)子どもが20%であり、家族と食事の場所を共有していても、食べる行動を共有しているとは限らない問題点を持つこと等を武見教授が報告しました。

もう一つは、私が事前に担当デレクターからのインタビューを受けた応答です。ここ40年間の研究と実践をふまえて、「食卓」の持つ役割・効用は? 昭和・平成を通じての食生活の変化と背景は? 子どもの食卓の現状が訴えることとは? 等々超難問揃いでしたので、2時間を超えるインタビューでした。当日の番組ではその中の次の部分が、上記②の最後から③への橋渡しの部分で、「広がる格差」「多様な食卓」の見出しを背景に紹介されました。
「共食・孤食への関心がある人が多くなったのになぜ、現実の孤食が増えているか?その理由は?」への応答の一部です。多様な食環境・ライフスタイル・食生活スタイル・健康状態・価値観が複雑に重なり合う中、理由やすすめ方は単純ではありませんが、底流に次のことがあると強調した部分です。
「食事が大事、共食が大事と考えている人が約9割と多くなったことは事実(平成29年度食育白書)、しかしそれぞれに他の大事なことが種々ある中で、食事の優先順位は高くないこと。食事は生きていくために欠かせない、さらに他の大事なことを実現するための基礎としても欠かせないので、これらが絡み合って優先順位が高いと考えられますが、現実はそう考えない人が多い。気が付いていない人が多いのでしょう」
そして、「食の多様化、食・健康・生活等の格差とそれらの連鎖が拡大する中で、共食をどう実現したらよいか?」への応答で、「画一的に良い共食はない。自分(家族やグループ)にとって適した共食を「探し合う」ことが大事だと思います」と。
(当日私も番組を観て)自分(たち)にとって「何が大事か? 何が一番か? 食事はその実現のためにどうつながるか? どんな共食の形がつながりやすいか、適しているか? それを実行できるようにするために、わが家(または自分たちのグループや地域)でやれる方法は?」等々についてそれぞれの気持ちや意見を出し合って、気軽に、繰り返し話し合うことができるのも食事の時、まさに「共食」の時なのです!そして、本来一人ひとりの人間としての尊厳に深くかかわる食だから、「食の多様性を育てること・育てあうこと」場としての食卓・食事・とりわけ「共食・孤食」が大事!…と続けて発言したかった、と悔いが残りました。

番組終了直後から、メールが入りました。「……今日の足立先生の発言で自分が納得できました。自分は食事、特に子どもとの共食をとても大事にしていると自負しているのに、実際には家族のスケジュールや子どもの塾などを優先し、家族が一緒に食事をすることができず、自分の努力が足りないと悩み、自分を責めていました。でも、今日、食事より優先順位が高いことがあっても、それに食事がどうかかわっているかを考えることの必要性がわかり、このことを見落としてきた自分に気づきました。……」等。一方で「発言が中途半端だった。子どもたちの発言を重要視して、現場の具体的な営みに直接関わっている研究者と期待していたのに、なぜ当事者側に立った具体的な発言をしなかったのか」等、厳しいメールも多くありました。

❤今回は担当デレクターからの超難題のおかげで、私にとって大きな発見がありました。
平成の時代の「共食・孤食」研究や実践の成果は何だと考えていますか?の質問です。一般的にはいろいろ列挙することができましょうが、一言でいえば何か、を問われたのです。
一言? 少し大げさですが“「食事観の転換」を人々や社会へ問うたこと”。
従来は栄養素等要素還元を中心に評価し、行動・活動目標等設定へと進むやり方が主流でした。「共食・孤食」の視野・視点は食事を食べる人やその環境も含めた食事の営みそのことを全体俯瞰し、必要に応じて要素分析結果をとりこんで再度全体俯瞰で統合した評価を試み、行動・活動、評価、次の方向へと進む食事観への大転換をもたらしたこと、と考えます。少なくても前者だけでなく、後者との双方向からのアプローチの必要性を社会に問いかけた、と言ってよいでしょうか? 
しかも平成では、「共食・孤食」重視を含む全体俯瞰型の食事観が(昭和期には個人的・小グループの“願望やもがき”に留まっていましたが)仲間の輪が全国的に広がり、関連学会等でも研究成果が評価され、食教育や活動の実践現場に取り入れられ、2006年「食育基本法」をばねに、平成の後半では、全国的に教育や行政の理念や活動枠組みにとりあげられ、行動目標や評価目標にも使われ、いわば常識的に扱われるようになりました。その速さに、最初の発題・提唱者としては感謝の気持ちと、方向を間違わないようにという心配とが複雑に絡んでいます。

❤令和への宿題
「共食・孤食」についての急速な普及は、一方で基本的で最重要の問い“「共食・孤食」について、一人ひとりが人間らしく生きる、それが可能な社会・環境との共生にとっての意味”の吟味が充分でないまま、積み残されがちで、後回しになっていることの危機感を伴っています。私は“「共食・孤食」問題が形骸化していることを心配している”と言っています。この内容の吟味なしに、環境、文化、生活、食スタイル・健康・価値観等の多様化に対応する、それぞれの人にとって望まれる共食・孤食のあり方についての検討も進まないと思います。大きな宿題です。

今、「多様な共食・孤食を育てる」(仮題)で、40年間国内外各地でさせていただいた調査結果や理論構築を見直し、上記の宿題を少しずつ解いていくプロセスの1冊を書き始めていますので、今回の「平成の最後の晩餐」は課題の多い、おいしい晩餐になりました。