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2016年06月27日 (月) | 編集 |
NPO法人食生態学実践フォーラム設立の原点の一つである「すべての人の“人間らしい”食生活とそれを実現できる地域・環境づくり」について、今年度はもっと具体的・積極的な活動をしたいと話し合っている時に、
「さとにきたらええやん」のロードショーを知り、昨日、観てきました。

釜が崎地域の大人たちの保健・福祉活動について私は、2010年日本栄養改善学会学術総会(武見ゆかり学会長)の特別講演『健康づくり・生活作りの基本としての「食」:日雇い労働者と出会って30年』の座長を務める時、事前に、講演者入佐明美佐さん(当時、大阪建設労働者生活相談室ボランテア・ケースワーカー)の現地活動に密着参加させていただきました。
劣悪に近い生活環境下でも“人間らしさ”をまもりあう人々の実行力(個人を超えたチーム力や地域力)のたくましさに刺激され、勇気をいただいていました。
その時、子どもたちの活動については後日ということになり、そのままだったので、大阪近くに行くたびに再度訪問したい、子どもたちとも話したいと願っていました。
ですから、予定変更をしてポレポレ東中野に直行したのです。

学生時代に撮影実習で入ってそのまま、「さと」のひとりになっていく重江(撮影者で監督)が自分自身の変化のなかで映し出す、釜が崎の子どもたちの生活や人間関係が生々しく、(多分、撮影者自身は気がついていないと思いますが) 食事や食事づくりの場面が多く、問題が起きる時や緊急課題解決の時はさらに多く、子どもたちの小さな内的な変化やそれを見落とさないで控えめだがしっかり支えるスタッフたちの心配りや勇断は食卓や台所での場面が多く、圧巻でした。
1品の料理で済ませるような1食であっても暖かい気持ちの交わしあいが匂ってくるような、ほのかで強烈なメッセージ満載でした。食事や食事づくりでの子どもたちの大きな笑い、厳しい怒りやしっとりしたささやかな喜びが、画面いっぱいにこちらに向いてきて、思わず抱きしめたい気持ちになったりしました。
(全体のストーリーや釜が崎育ちのSHINGO★西成のあたたかくて力強い歌については、直接映画を観てください)

私が強く共感し、勇気付けられたことは、表題にも書いたように、子どもたちにとって「貧困の連鎖」の中でも(中だからこそ?)「食事や食事づくり(行動や場)で子どもたちの“生きる力・生活の自立力”」形成が必要なこと、そして可能なことを、具体的に見せつけられたことです。
いわゆる「貧困の連鎖」に巻き込まれてしまっている多くの子どもたちにとって、「今日の1食を食べられることが大事」「おやつを食べられることが大事」「一時でもおいしいと感じることが大事」「だれかと一緒に食べる場があることが大事」であることはもちろんです。飢餓や栄養失調からの完全開放が人権として必須であることや、食欲を一部でも満たして満足を感じることが大事であることはいうまでもありません。
だから、可能な範囲で“食物を提供する”ことが重要であることはもちろんです。

私はこれらと同じくらいに、ほぼ表裏一体に、子どもたちにとって食事を食べる行動や食事づくり行動が、子どもそれぞれの思い・やりたいこと・やれること・知識やスキル・体調・人間関係など全部の「自分表現」のチャンスであること、そして食べあう相手や支える相手への一番身近で、一番やりやすい「自分表現」の場になること。
だから支援する側が知り、自分表現の内容や変化を知り、自分表現しやすい気持ちや自分表現する力を育てることが大事だと、考えてきました。
食生態学や食教育学ではこうした力を、「食からの生きる力を育てる」「食からの生活力・生活自立力の形成」等と名づけてきました。
そして、こうした力は普段の日々の食事や食事づくりの営みの中で、その都度心身にしみこみ、具体的に形成されるので、子どもたちにとって“一食一食”が大事、“だれかと一緒の共食”が大事と、考えて、仕事を進めてきました。

「貧困の連鎖」という複雑で深刻な状態に巻き込まれている子どもたちに、「まず前者が緊急で、それがかなえば後者も」、という意見が多いようです。
「さとにきたらええやん」は子どもたちがその子、その時、その環境の中で、両者の絡み合いが異なるので、私たちは両者をほぼ表裏一体で絡み合わせながらこどもたちと付き合うことの大事さを問いかけてきたのです。

重江監督のトークのあと、会場出口で3分ぐらい監督と直接話すことができました。「食事は子どもたちノ一番身近な自己表現なので、これからもよろしくお願いします」と言ってしまいました。本当は、台所を向こうの方から覗いている子のことなどについてもいろいろ聴きたかったのですが……。

さとにきたらええやん