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2013年10月29日 (火) | 編集 |
新潟県長岡市食育推進計画の行動目標に、“「食事バランスガイド」や「長岡ぴったり3・1・2弁当箱法」などを参考にしている市民の割合”60%へ。

昨日、長岡市で「からだ・心・くらし・地域づくりにぴったりの「3・1・2弁当箱法」で」の講演をさせていただきました。
ひとり一人にしっかり届くような食育活動をすすめている新潟県の中でも、長岡市は際立って熱心な市の一つです。
かなり前から「3・1・2弁当箱法」による食事・食事づくり法を取り上げ、「長岡ぴったり3・1・2弁当箱法」と名付けたキャラクターを作成したいと、内容チェックや「3・1・2弁当箱法」の名称使用をNPO法人食生態学実践フォーラムに申請し、お付き合いが続いていた市です。

講演依頼文書といっしょに送られてきた「長岡市食育推進計画」(平成21年度から25年度)の中に、私は冒頭に書いた食育推進計画行動の数値目標を見つけて、胸がいっぱいでした。
うれしい気持ちと感謝の気持ちと、しっかり新しいデーターを重ねてその期待に応えなければならないという責任の重さで、その夜は眠れなかったです。

既に、食育関係者や市民の方々は「3・1・2・弁当箱法」をご存知(のはずです)から、当日の講演内容は「3・1・2弁当箱法」の誕生秘話にして、食べる人、その地域に合った食事・食事づくり法の重要性を課題提起しました。

講演会の内容検討にあたって、講演会後半では長岡産食材で、長岡なじみの仕出し屋さんに依頼する昼食「長岡ぴったり3・1・2弁当」を会食することにしていました。
市の小林管理栄養士と数回のやり取りを経て献立を作り、NPO法人食生態学実践フォーラムの高橋千恵子理事がその献立について「食事、料理、食材、栄養素の4層から見たバランス評価」の図を作表してくださり、私がパワーポイントに作成し、講演で紹介し、会場の参加者と“ぴったり”を確認をし、「いただきまーす」と共食へ。
地元自給率100%で、おいしいランチで、楽しいひとときになりました。

「ごはんでなく、粉ものにした主食でも同じに考えてよいか」と質問に立ちあがった男性が、なんと背広の襟に「長岡ぴったり3・1・2弁当箱法」の缶バッチを付けておいででした。
「子どもたち用に市が作ったものですが、僕はいつも付けています」とのこと。
立派な背広とぴたりあった“缶”バッチが印象的でした。
市会議員の方で、「誰でもわかりやすいし、楽しく健康になれるのだから、「3・1・2弁当箱法」を多くの市民が実践しやすい環境づくりの条例を作ろうと話し合っています」と話してくださいました。
「3・1・2弁当箱法」が食育推進の具体的な行動目標になっている例は、全国で長岡市だけかもしれません(他に同じ例があったらお許しください)。
うれしくて、感謝の気持ちいっぱいで、飛び上がって抱きつきたい気持ちでしたが、公衆の前ですので、自重した次第です。

若い学生たちが大勢参加してくました。
その中に60歳代の女子学生がおられました。
大学の卒業研究は自分自身を被験者にして、“適正体重と健康づくりに「3・1・2弁当箱法」は有効か”とのこと。
既に70キロ以上だった体重が10キロ以上減少し、生活習慣病関連の生体指標が軒並み改善し、ウエストが5センチ(?)細くなって、昔のズボンを出して履いてきました・・・とのこと。
指導教員の樺沢禮子北里大学保健衛生専門学校教授と3人で、食事内容とからだの変化に加えて、その時どきの心の変化をていねいに記録して、3者の関連を分析すると、他に例がない、すぐれた論文ができるでしょうと、話し合う一幕もありました。
長岡市の食環境下での実践実例は、他地域からの持ち込みデーターとは異なる説得力で、地域の人びとに伝わるでしょう、と。

時間をかけて、しっかりなじんで進む「3・1・2弁当箱法」に乾杯!の一日でした。

131029リーフレット

会場で係員が着て活動。赤、黄、緑の3食が揃う (1)

2013年10月01日 (火) | 編集 |
「食生態学」の研究と実践について、食生態学誕生以前から45年以上の間、厳しくやさしくご指導をいただいた宮坂忠夫先生が、7月11日に逝去されました。
7月末に女子栄養大学から理事・評議員あてに送られた訃報で、先生のご逝去を知り、少し覚悟をしておりましたが、驚き、途方にくれました。
その知らせに、ご家族が公表を避けてほしいと希望されていることが書かれていましたので、私はいままで、そのことを守っていました。

9月になって、先生が創設され、初代の理事長として学会の基礎を確立され、その後名誉会長になられた日本健康教育学会誌に、衛藤隆現学会長と川田智恵子名誉会員の追悼文が掲載されました。
そして今日、秋彼岸を迎えたので、そろそろ“公表”のお許しいただけるだろうと願い、ここに宮坂忠夫先生への感謝の気持ちを書かせていただきます。

「食生態学」のシンボルのような研究と実践とされている“共食・孤食”研究も“主食・主菜・副菜を核料理とする料理選択型栄養・食教育”の研究も、宮坂忠夫先生の指南なしには研究と実践両面からの体系化はできなかったと思います。

個人的な話になりますが、私が宮坂忠夫著「衛生教育」の名著に出会ったのは、50年以上昔、東京都衛生局公衆衛生部栄養課で都内栄養士の現職研修を担当している時でした。
本の内容と構成に圧倒され、現職研修に「衛生教育と栄養指導」の講演をお願いするために、国立公衆衛生院(現、国立保健医療科学院)の研究室に伺いました。
当時の栄養指導の教科書は先輩たちの実践事例報告が主流で、その内容は素晴らしいのですが、読めば読むほど頭の中が混乱する、事例に留まっているからでしょうか、私には課題の全体像が見えないで苦悩していました。
「衛生教育」はみごとな構成と理論展開で、これらの“混乱の糸”をほぐしてくれたのを覚えています。 
栄養指導(当時)の課題について、全体像構成の視野そのものを見せられた、ヒント満載の魔法の1冊でした。
 
このご縁があって、宮坂忠夫先生が東京大学医学部に移られたある日、電話をいただきました。
これまた名著「社会調査法」を書かれた福武直教授と共同研究“環境変化の中での生活・健康の変化に関する調査”が進んでいることをお話し下さり、途中からですが“やり始めたら食生活抜きに、生活や健康の変化は見えにくいので、一緒に・・・”とありがたいお誘いをいただきました。
私も1968年から女子栄養大学に移っていましたので、この夢のようなお誘いを大喜びでお受けしました。
私の研究室全員が、宮坂研究室の皆様と一緒に公民館に泊まり込みの大調査になりました。

当時、集団でなく個別に対応する栄養学実践が重視され、“家族各人に個別対応する食事が最良であるが、現実には時間的にも労力的にも出来ないからいっしょの食事を準備して食べる“という栄養指導の風潮に、私は疑問を持ち、地域の生活調査で検証したいと願っていました。
宮坂忠夫先生から環境変化下での家族の生活や健康の変化の指標にするとよい、とお許しをいただき、大調査の一部に取り入れることになりました。
家族全員について1週間、いつ、どこで、何を、どのように食べたかを詳細に記録する「食事カレンダー」でした。
これが今、全国的に食育や健康づくりのキーワードのなっている”共食・孤食“調査の第1号になりました。

この合宿調査では、目的を明確にし、それに沿った仮説と調査設計、ていねいなプレ調査や討論での修正の後、調査員全員の理解・調査技術の訓練、調査実施、各調査票のていねいな検票、全体の傾向を俯瞰しつつも、例外の事実を見落とさない解析、調査票の回答だけでなく、地域の営みの視察、行動観察、これらの全体から”事実“を見とおす洞察、これらの総合としての評価、これらのすべての段階で文献や先行研究との照合、特に矛盾点を見落とさない、そして地域住民や学生等の質問や意見を重視して進めるやり方、報告書や論文を書くときには、目的との対応が重要であること、用語の概念を関係者で共有すること、研究成果を具体的な実践に活用して初めて研究の評価になるという研究者根性・・・今思いつくままに書きましたが、研究の基本の基本をここで仕込んでいただいたと感謝しています。

一方、“主食・主菜・副菜を核料理とする料理選択型栄養・食教育”の研究と実践について、その基礎研究となった「料理選択型栄養教育の枠組みとしての核料理とその構成に関する研究」を東京大学医学部に博士論文として審査申請をする時(1957年)に、宮坂忠夫先生は紹介教員なってくださり、ご指導をいただきました。
“主食・主菜・副菜を組み合わせて(健康な食事に)”は1985年の「食生活指針」、2000年の「食生活指針」のキー項目に取り上げられ、現在は全国的に食育や健康づくり活動等で活用がされています。
しかし当時は、栄養素選択型栄養教育と食材料選択型栄養教育が主流で、この発想や研究法は“学問的でない、科学論文といわない”と拒否される中で、宮坂忠夫先生は大衆の栄養学実践を励ましてくださり、ご指導くださいました。

論文提出の日が迫っていたある時、“あなたは、知識伝達の栄養指導から脱皮したいと言いながら、この研究では知識の内容にこだわっている”(実際のお言葉は違いましたが、意味として)とおっしゃり、「衛生教育テキスト(改訂第3版)」をよく読むようにと、すすめてくださいました。
その結果、私は研究の背景として、次の一文を加えたのでした。

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健康教育学の一般の立場からは、行動の変容を目的とする健康教育の進め方として、たとえば個人心理学的な意味からの欲求論、集団心理的な考え方からの集団討議+集団決定、いわゆるincentiveとしての自我の関与(ego-involvement)あるいはその実際的な方法としての参加(participation)などが強調されている。
一方、健康に関する知識の有無は必ずしも行動の変容にとって重要な要因にないとされている(以上、宮坂論文の引用)。このように、行動の変容のために、方法論的な側面が強調されることは、健康教育学一般の位置づけから見て当然のことと思われる。

しかし、健康教育の中でも栄養教育のように、対象者の日常生活に1日2-3回以上という高頻度で、かつ、生存している限り長期にわたって深くかかわる問題をその教育内容としている場合には、対象者が栄養についての基本的な知識を持つことと、具体的実際的なことがらについて理解することが不可欠であり、その意味で、どのような内容を教育するかとの関連で、前述の方法論の検討をすすめることが重要であると考えられる。
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行動変容を実現する方法論と知識の内容との関係の中で、栄養教育の特殊性を位置づけることができ、また健康教育の理論や体系を栄養教育分野に直接活用する方法を改めて学び、それまで実践活動でため込んできたデーターを見直して活用し、論文を書いたことも思い出されます。

“主食・主菜・副菜を組み合わる”料理選択型栄養教育の枠組み検討は、今夏から検討会が立ち上がった“健康な食事”検討へ、日本の生活文化を基礎にした先行事例としての活用が期待されています。
宮坂忠夫先生の展望のある健康教育論が今、新しい課題と方法論を提示してくださるように思います。

もう一つ、宮坂忠夫先生は多くの人材を育ててくださいました。
東大を定年退職後、女子栄養大学教授・副学長になられ、日々研究指導をいただけるようになりました。
当時、私が指導教員で博士論文研究をすすめた学生だけでも外国人を含めて17名の論文審査を、40名以上の修士論文研究の審査や指導をいただきました。
未熟な研究論文であってもひとり一人の論文をていねいに読んでくださり、個別指導を下さいました。
お世話になった元学生たちが今はWHOや国際協力関係、国・県・市町村などの行政、大学や学校、福祉施設や医療機関、マスコミや民間等で、それぞれの個性を発揮して仕事を進めています。
宮坂忠夫先生の基礎を大事にして理論と実践をしっかりつなぐすすめ方を、その人なりにすすめていると喜び、感謝しています。

宮坂忠夫先生に心から感謝申し上げ、ご冥福を祈ります。


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出典:日本健康教育学会誌.2013;21-3