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2012年11月16日 (金) | 編集 |
ここ数年、今の時期になると代々木ゼミナールから受験用教科書が送られてくる。
著書引用のルールに従って、ていねいな問い合わせと、出来上がったテキストが送られてくる。
1986年の北海道教育大学の入試問題に、拙著「なぜ一人で食べるの」が取り上げられているからだ。

今“共食・孤食”は第2次「食育推進基本計画や第2次「健康日本21」で、重要課題やその解決のための行動目標に取り上げられたこともあって、人間らしい食、それを育む家族や地域づくりの問い直しのキーワードに使われることが多くなった。
ほぼ40年前に、共食・孤食という悲しい名称を付けて問題提起をし、研究と実践を重ねてきた私としては、灌漑深い。

今年はあらためて、テキストの試験問題を読み直した。
共食・孤食がややもすれば、内容を問わずに言葉だけが独り歩きしがちな昨今、ひとりひとり、その家族や仲間それぞれの共食・孤食をていねいにとらえて、その人やその家族にとってのぞましい対応を考えることの大事さを思い知らされた感じがする。

先月、名古屋学芸大学キャンパスのある愛知県日進市の小・中学校の子どもたちの協力を得て、試験問題で紹介されている共食・孤食調査の内容を含む食生態調査をさせていただいた。
1980年代からほぼ10年間隔で経年比較をしていることと、アメリカ、イギリス、オーストライリア等との国際比較の基本資料にする大事な調査である。
食卓に携帯電話を並べて、家族がそろって食事をする絵もみられ、様変わりしている実質的には孤食の課題を突き付けられた。

一方で、内閣府の調査によれば、ほとんど毎日家族一緒に食べる人が夕食でも50%台で低迷を続けてきたが、東日本大震災後の平成23年12月調査で、70%台に増加したと報告されている。
(高齢者世帯を含むので、前記の小学生調査結果とそのまま比較できないが)どう生きるか、家族とどう暮らすか、どういう地域・環境づくりをするか等、生きることの原点が問われる今こそ、共食・孤食についても原点に戻って考える必要があるのだろう。

受験生の皆さんも家族も、周りの人も温かい食事を囲んで、受験当日には、自分らしさを存分に発揮できるようにと祈ります。

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